2012年7月 
 
 「10回の至福」
 
 
                               KYOCERA K006 
 
 「とんかつをね、いつでも食べられるくらいに偉くおなりなさいな。」
とんかつ大王の親父は、貧乏学生にかく語りかけます(美味しんぼより)。
成功した実業家の若い頃の思い出、という設定ですから、昭和も30年代頃の話でしょう。
「10円寿司」なんてものがあった時代ですから物価は今の十分の一。給料はもっと少なく、
日本は貧しい時代でした。
 
 確かに外食のご馳走の中で、とんかつの地位はそれ程上位とは言えません。
フレンチのフルコース、懐石料理。満漢全席(これは、あまり食べないか(笑))等と比較
しても、いや寿司・鰻と比べても、とんかつは庶民的なイメージが強い気がします。
ただしとんかつ大王の親父が言う様に、今も昔もとんかつは決して安い食品ではありません。
女の子に例えれば(例えるな(笑))、見るからにお嬢様には見えない千反田さん(@氷菓)
ちに言ってみたら、大地主の旧家だった、みたいなギャップ萌え(いや萌えんでもいい(笑))
な感じが、とんかつにはあります。
スーパーでも、フライもの98円均一の中に、398円のロースとんかつがあったりしますが、
今の相場だと、とんかつ屋では一皿が大体1000円~2000円と言ったところでしょうか?
 
 先日友人と雑談をしていたら、話はとんかつに及び、友人が、
「やっぱり、名古屋では○○とんですかね?」と言うので、
「へん!テレビで取り上げられる名店ばかり有り難がって行列を作るなぞ、滑稽だね。大体
○○とんは庶民的な串カツの店。なんでいつのまにか味噌カツの元祖みたいに祭り上げられて
いるのか、さっぱり判らないよ。」
「じゃあ、どこのとんかつがいいっていうのさ。教えてくれよ。」
「そうだな…。一週間待ってくれ。俺が本当に旨いとんかつ屋を教えてやる。」
 
 別に○○とんが不味い訳ではありません。普通に旨いです。
ただ、もともと○○とん人気は、いわゆる
「ダサかわ」の人気から始まっているのです。大須を訪れた業界人達が、地元の人に
「庶民的な店」として案内され、店員の着ているTシャツに描かれた、この店のキャラクター
に注目。特別に請うてTシャツを買ったのが始りと言われます。
確かにここのキャラの特異さは、デザイナーが注目するに値します。
化粧回しを付けた土俵入りの豚。しかもよくとんかつ屋や肉屋のキャラにある、
3頭身くらい(今だとアクセルワールドの主人公が、仮想世界で纏うアバターみたいな)
の可愛いものではなくバランスが人間の相撲取りで、顔だけが豚と言うかなりグロテスクなもの。
こういうのを
「可愛いぃ~っ!」と言い切ってしまうのが、ダサかわ、或はブサかわで、ユニクロの
老舗系商標Tシャツなんかの元祖だった訳ですね。
 
 「なに、そのTシャツ、超シュールじゃん。」
(或はクールじゃん。)と言う訳で、名古屋を訪れる業界人が、やって来る様になる。
風来坊or世界の山ちゃんの手羽先と同じ流れ。ユーミンとかも名古屋でFM番組収録の時は
大須によく行っていたといいます(質屋会館=現大須セブンなんか番組で紹介してた)。
業界人が注目したのが、味噌かつ。
名古屋では大抵のとんかつ屋にあった裏メニューで、名古屋のこの手の店には必ずある、
どて(すじ肉を赤味噌で甘辛く煮込んだもの)の味噌を、ソースに飽きた客がとんかつにかけた
事から始るものですが、特に衣の部分が多い串カツとの相性がよく、○○とんでも盛んに出して
いました。
 
 言って見れば○○とん人気は、東京発の逆輸入人気で、美味しいとんかつ屋は他にも多数ある。
例えば東京上野のとんかつ名店に匹敵する様な旨い店が。と思ったのですが、とんかつは私には
「いつでも食べられる」ものではありません。高い上に、高カロリーなので、私には敷居が高い。
最後に食べたのは、無性に食べたくなって、近所の学生向きの某有名店で注文し、余りの量の
多さに(知ってましたが)半分くらい残してしまうと言う、痛恨の不祥事
(私にとっては最大の無礼)をして以来。スーパーのとか、どんどん庵のカツ丼とかは
食べましたが、料理として食べてはいません。
 
 「そんなに言うなら美味しい店紹介してよ。さあ!さあ!さあさあさあさあ!」と
友人に歌舞伎調で迫られ、昔から有名な数店の名が浮かびましたが、何しろ最近は食べていない
ので、現状が判らない。
そこで前述の一週間まての山岡節になった訳です。約束の期限が来ても、日常の中でおいそれ
とんかつやなんて行けるはずも(予算もなく)、
休みの日が来ました。ネットで検索し、ランチに行こうと思いましたが、夜勤明けで起きたのが
2時。終わってました(涙)。とりあえず友人に、
「今から行って来る。報告は次回」とことわって検索した店へ。
 
 美味しい店を検索するのに、よく使うのは、皆様と同じ、食べログが多いです。もちろん
ここの情報は、100%鵜呑みに出来ない事は承知しています。お客さんの口コミが頼りですが、
例えば名古屋のイタリアンスパについて
「の何たるかを、全く理解しておらず、”麺にコシが無い。こんなのパスタじゃない!”」
と断じる様(パスタじゃねえよ(笑))な無知故の書き込み、星減点もありますし、
当然ステマ(評判を誘導する当事者サイドの書き込み)も多いことでしょう。しかし、
平均星4(最高5)。殆どの書き込みが、
「名古屋一、いや日本一かも?」と絶賛し、名古屋のとんかつ店堂々首位にあるとなると、
これは信じていい様な気がします。
 
 この店の事は全く知りませんでした。案外うちの近くだったので、夜の営業時間に合わせて
足を伸ばしてみました。
5時から営業と言う、その店にちょっと遅れて到着すると、既に30席に満たない店内の半分は
埋まり、私の注文したものが来るまでには満席になっていました。
「バイト募集。時給1000円。」の貼り紙からも(名古屋は800-900円が多い)
この店がはやっている事が伺えます。
もう職人の鑑みたいな、すきっとした店主がカウンターの向こうで、熟練の技を披露している
横で、若い頃はさぞかし男達が大騒ぎしたろうと思われる、現在も美しい奥様(だよね)が、
テキパキと働く。
細長いカウンターで、店員同士の動き、すれ違う時の身のこなしなどを見ると、その店の味が
大抵判る。というのが定説(映画”タンポポ”にありました)ですが、ここは期待できそう。
 
 普通の方の(特選もある)ロースカツとご飯。カツが1000円で、ご飯が200円。
貧乏なので定食にはしませんでした。まあ標準的な価格と言えましょう。
出た来たとんかつは、やや小振り。でも分厚い。
とんかつは、火の通りが難しいので、素人は薄い肉を使った方が失敗しない(ただし曲がる)
のですが、これは分厚い。スーパーのとんかつの二倍はある。
これだけの厚さを、衣さくっと、中はジューシーに揚げるのは、熟練の業です。
珍しく、とんかつを縦方向に両断、さらにこれを横に5等分。つまり10片の立方体が
皿にちんまり並びます。付け合わせはキャベツのみ。油が付着しない様キャベツの上に
紙ナプキンを敷き、その上にとんかつを載せる気配り。
味は?このコラムの題名を見て頂ければ余計な説明は要らないと思います。
 
 1200円と言えば、私の最近の2日分の食費な訳ですが、これは価値がある。
掲示版にはよく
「原価厨」と言われる人たちがおり、
「マックは一個原価○円wwwwww」とか言う書き込みが時々見受けられますが、
それは原料費と精々光熱費くらいしか考えていないオバカな発想です。そんな事言ったら、
理髪店に5000円とか美容院に1万円とか払うのはシャンプー代、水道代のみで、
丸儲けという事になります。様は人件費。それもその人の才能、血のにじむ様な
(揚げ物職人は火傷も多かろう)修行の時間に、人々はお金を払うのです。
 
 但しここは食材も最高。
特選だったらもっと凄いのか?
衣はさくっとしているのに、口の中を痛めつけない。肉はあくまでも柔らかく。
もちろん火の通りも完璧。
「煮えてないよ(名古屋の表現。一般的に肉がまだピンクな状態を嫌う人が
名古屋には多い)」
と言われないためか、ちょっと通り過ぎの気がしましたが、口に入れると杞憂とわかる。
常連になったら、
「もう少しピンクに揚げて。」と頼んでみるか。
とんかつソースと岩塩。マスタード。
味噌がない(メニューに追加として存在)のが信頼できる。あの甘い味噌は、衣には
相性がいいけど、豚肉とは余り合わない気がします。
ご飯にはかつお系のふりかけが出る。ご飯はお代りできそうなので、ふりかけだけで
一杯はいけそう。これなら定食の赤出しも旨い事でしょう。
 
 昔千種区に老夫婦が経営するとんかつの名店があり、そこは結構通いましたが、
久しぶりに、これならここ!という店が出来て嬉しいです。
通える程の身分(と健康状態)じゃないけど。