ささやか写真館


                               2001年 3月

              題名「小説」
 

                  SUMICRON50mm/2.0

  ああ、ここですよ。この池のほとりの処で、私、じーっと待っていましてね。
  あそこに見える病院ね。前はあんなに大きくなかったな…。
  親父があそこに入ってましてね。
  日曜になると、バスに乗って、お袋と見舞いにきたもんです。
  来るの嫌でしたよ。だってお袋は絶対に病院に私たちを入れませんでしたから。
  「子供が入って良いところじゃないよ」って。
  子供心に、なんでそれじゃあ連れてくるのかなあ…、って思いましたが、
  きっと病室の窓から、親父が見てたんでしょう、それで連れてきて
  「ここで、待ってな」って。
  1時間ばかり、ここの道ばたで、妹と二人で待っていたです。
  そのうち、お袋が帰ってきて、最初は目を真っ赤に腫らしてたんで
  「泣いててたんだな」って、子供でもわかりましたが、そのうち
  普通の顔になりましたね。でもため息ばかりついてた…。
   半年ほど経って、親父は退院しましたが、結局体はあまり良くならず、
  その年のうちに死んじゃったんです。
  仕事もなくて、ぼんやりしてた親父しか覚えてません。
  病気するまでは、あのころの人としては、でっかい親父が、
  自慢だったんですがねえ。
  それからは、お袋が働いて、働いて…。
  何とか大人に育ててくれましたが、ほんとに家族の団欒なんて、覚えがないなあ。
  だから、私は家族という言葉を聞くと、ここで、まだ小さい妹と
  「お母さんが言うんだから、動いちゃいけない」って、じっと立ってた、
  風景しか浮かばないんです。
   2月頃かな?寒かったですよ。そんな風景が心の中に凍り憑いちゃってますよ。
  帰りに一度だけ、お袋が
  「今日は寒かったろう」って
  ラーメン屋に連れてってくれて…。お袋の一日分の仕事賃位じゃなかったのかな。
  私、今でもラーメンが食べ物で一番好きなんですよ。
   今日来てみて良かったです。
  あの辺の窓から、親父が見ていたのかも知れませんねえ。
  これ、あのころは、でっかい湖と思っていましたが、今見ると、
  ただの池ですねえ。

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