ああ、ここですよ。この池のほとりの処で、私、じーっと待っていましてね。
あそこに見える病院ね。前はあんなに大きくなかったな…。
親父があそこに入ってましてね。
日曜になると、バスに乗って、お袋と見舞いにきたもんです。
来るの嫌でしたよ。だってお袋は絶対に病院に私たちを入れませんでしたから。
「子供が入って良いところじゃないよ」って。
子供心に、なんでそれじゃあ連れてくるのかなあ…、って思いましたが、
きっと病室の窓から、親父が見てたんでしょう、それで連れてきて
「ここで、待ってな」って。
1時間ばかり、ここの道ばたで、妹と二人で待っていたです。
そのうち、お袋が帰ってきて、最初は目を真っ赤に腫らしてたんで
「泣いててたんだな」って、子供でもわかりましたが、そのうち
普通の顔になりましたね。でもため息ばかりついてた…。
半年ほど経って、親父は退院しましたが、結局体はあまり良くならず、
その年のうちに死んじゃったんです。
仕事もなくて、ぼんやりしてた親父しか覚えてません。
病気するまでは、あのころの人としては、でっかい親父が、
自慢だったんですがねえ。
それからは、お袋が働いて、働いて…。
何とか大人に育ててくれましたが、ほんとに家族の団欒なんて、覚えがないなあ。
だから、私は家族という言葉を聞くと、ここで、まだ小さい妹と
「お母さんが言うんだから、動いちゃいけない」って、じっと立ってた、
風景しか浮かばないんです。
2月頃かな?寒かったですよ。そんな風景が心の中に凍り憑いちゃってますよ。
帰りに一度だけ、お袋が
「今日は寒かったろう」って
ラーメン屋に連れてってくれて…。お袋の一日分の仕事賃位じゃなかったのかな。
私、今でもラーメンが食べ物で一番好きなんですよ。
今日来てみて良かったです。
あの辺の窓から、親父が見ていたのかも知れませんねえ。
これ、あのころは、でっかい湖と思っていましたが、今見ると、
ただの池ですねえ。