キョンシーSの
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  ★021 極上の和牛刺身、「Shall We Dance?」

 連休は何もせずに過ごす予定だったが、やっぱり1つぐらい自分の為の楽しみを
欲しいなと思って、映画に行くことにした。
何にしようかなと思った。こういう時他の人も同じだと思うが、半年ほど待って
DVDになってから借りる事で事足りる作品かどうかが、映画館に足を運ぶ
基準になると思う。
いつも行くムービーコンプレックスの上映作品を調べると、どれもDVDで
いいかなと思う作品ばかりだ。
しいて言えば・・・。と言うことで「Shall We Dance?」にした。

この映画は周防監督の同名作品のハリウッド版リメイクだ。
いままでも日本映画のリメイクは多いが、日本映画の原案を行かしながら、
独自のハリウッド映画に仕立てたものが多かった。
例えば「荒野の七人」。これは黒澤明の「七人の侍」のリメイクだが、
もちろん戦国時代の日本から、西部劇の世界へ。上手にリメイクしていた。
「ライオンキング」などは、最初認めなかったが、手塚プロ側の抗議を受けて
「ジャングル大帝」から強い影響を受けたことをディズニーは認めている。

今回の作品はこれらと少し違っている。「荒野の七人」を作った人達も
「世界のクロサワ」に深い敬意を払っていたとは思うが、今回の制作者や
主演のリチャード・ギアは、周防作品に心酔しており、出来るだけ設定や
配役イメージを変えずにハリウッド版としたいと思った作品なのだ。
周防監督の「Shall We Dance?」は、もちろん日本でも大ヒットし、
空前の社交ダンスブームとなった訳だが、アメリカでは最大級の賞賛を
持って迎えられた。アメリカ人に「ブシドー・ゲイシャ・フジヤマ」でなく
現代劇作品として、最初に熱狂を持って受け入れられた作品と言っていいだろう。
特に映画製作者や俳優にはこの作品をフェバリットに上げる人が多い。
周防監督はカリスマ的とも言える人気をハリウッドに持っている。
既に「現代の小津」というポジションなのである。

私がこの映画を見るのに多少の躊躇があったのは、ここまで元の映画が
製作側の心をとらえていたと言うことは、その呪縛はかなり強く、
リメイク作品がいわば「位負け」してしまわないかという危惧があったから。
リチャード・ギアが来日プロモーションで「役所サンはパーフェクト」と
外交辞令でなく言っていた。「飲まれてないか?」と思う位だった。

周防作品は、社交ダンスというバタ臭い素材を扱いながら、実は平凡な
企業戦士で、平凡な夫で父親という主人公が、不倫の予感を漂わせつつ、
ダンスの面白さに嵌って行くという、「失楽園」とか「マディソン橋」
みたいな話になりそうで、実は青春スポコンモノみたいな要素もあり、
ホロリとさせる夫婦愛もあって、万国普遍の共感を得たが、作法はやはり
日本の平凡なオトウサンの淡いトキメキみたいなものを上手く表現していて
さらりとしたお刺身の味だ。平目とかみたいな感じかな?
ラストの大貫妙子の主題歌もどんぴしゃりだった。彼女の透明だが、独特の
声は、上質のおみそ汁を連想させる。アメリカで大ヒットしたのが最初
不思議で、「アメリカ人に本当に判るのか?」と驚いた程の作品である。

実際に見て感想としては、周防作品が大好きな人が見ても、原作を知らない
人が見ても、充分に楽しめる作品と言うことだった。
確かに周防作品を忠実になぞっている。
主人公ジョン・クラーク氏は弁護士。この設定を聞いたとき、
「なんか違わないか?」と思った。日本で弁護士というと、まず金持ち。
次に企業買収などで華々しく活躍する、あるいは社会派の正義感。いずれも
周防作品の主人公とは重ならない。
ところが、ジョンは遺言・相続専門の弁護士だった。アメリカでは弁護士の
資格を取るのがそれほど難しくない。その分競争も激しくて、地味な仕事の
弁護士はそれほど収入が高いわけではない。
「もう少し稼ぐと庭にプールが作れるんだが(米国中流市民の典型)。」
というレベルなのである。車は持っているが、オフィスの近くに駐車場を
持てないので、電車通勤である。かなり納得が行く設定になっている。
単調な仕事にうんざりしながらも、家庭を守るため毎日働いている。
また色々な人々のどろどろした家庭の裏側を覗いてきたため、人生観が
老成しすぎている。いい設定だと思った。奥さんもキャリアウーマンだが
すれ違いの夫婦間を決して良しとしていない、アメリカの典型的婦人である。
息子が父に紹介したガールフレンドが黒人と言うのも、現代のアメリカの
都会にはあり得る事だし、父はそれを当然の事と受け入れている。

周防作品を忠実になぞりながら、随所にアメリカらしさを出していく。
渡辺えり子の役などは、完璧にはまっていて、最初の登場から周防好きの
血が騒ぐが、ヒロインはかなり違う。草刈民代は大きな目と清楚な表情で
主人公をうっとりさせ、バレエで鍛えられた細いが素晴らしい身体で、
実は野望を持っていた過去のある強い女性だった事を表すという、作品の
象徴的存在だったが、ジェニファーロペスはニューヨークカットの
ステーキのように逞しく肉感的である。彼女の官能的な歌と振り付けは
日本でもファンが多いが、こんな女性と知り合ったら、主人公はドロドロの
肉欲に溺れてしまいそうだ。事実彼は「下心あって接近してきた。」と
誤解され、最初ヒロインに拒絶されるが勿論下心はあった訳である(笑)。
役所とギアは共にセクシーを感じさせないキャラクターなので、中年男の
恋なのに、脂っこさを感じない。
ジェニファーロペスはもう一つ、ニューヨーク出身のヒスパニックである
事も原作と大きく違っている。洗濯屋の娘である彼女が、ドレスに憧れて
ダンスの世界に入り込む、という設定はアメリカのマイノリティに受け入れ
られるだろう。それだけどん欲に世界一を目指した、というハングリーな
人生が感じられる。踊りがラテン寄りになるのも血のなせる技だろう。
反対に竹中直人演じる役は、あくが大幅に薄められている。あの役は
お刺身で言えば、鰹の刺身につけるおろしニンニクのようなモノで、
異彩を放っていた。リメイク版で竹中ばりにやると、生々しくなりすぎて
しまうのではないか?かえってハゲの小父さんだが、カツラを付けると
格好良く変身!という今回の設定は、話の流れを邪魔しない。他のキャラは
どうしても日本版より濃くなりがちなので、いいリメイクだと思う。

制作者達が偉大なる周防監督と日本のファンに発信した重要な台詞がある。
主人公が初めてダンス教室に行ったとき、ダンスの経験を尋ねられて、
「ハイスクールの卒業パーティー以来だ。」と答えるところ。
一生(私も)社交ダンスなんてしない日本人の「Shall We Dance?」に
対して、好きな子に告白してダンスに誘う、米国の「Shall We Dance?」
もっとダンスが身近な国。その国の「Shall We Dance?」なのだ。
という自負が感じられた。

ほとんど原作を離れることなく、ハリウッド映画としては異様なほど淡々と
ストーリーは進む。言ってみれば料理法は日本料理のお造り。しかし食材は
魚ではない。鮎の様な草刈民代はいない。
言ってみれば、牛肉の刺身と言った味わいの作品。しかし、破綻がないのは
牛肉が米国産ではなく、最高級の和牛に化けていることだ。周防作品に
深い共感を持った人々が作ったので、ステーキになるのをくい止めている。
決して「位負け」していないが、牛肉の刺身が決して正当な日本料理として
評価されないように、この作品はリメイクする必要があったのだろうか?
という疑問は少し残る。でも観賞後は損した感はなかった。
ともかく日本版が大好きだった人には必見の映画である。
日本版をしばらく見ていないので、ちょっと不正確だが、以心伝心に近い
中年の夫婦愛が、米国版ではもう少しドラマティックになっている様な
気がするところは、比較すると面白いかもしれない。
もちろん「プリティーウーマン」やジェニファーロペスが好きな人にも
お勧めの映画である。ギア様やジェニファー様はいい仕事をしているし。