キョンシーSの
     ピンポンダッシュ!


   ★016 また美しいものを見てしまった。


 何気なく見た、今年のオールスター。とんでもないものを見てしまった。
 「何をいまさら」とおっしゃるかたも居られようが、千葉ロッテマリーンズの渡辺俊介投手である。
 私は阪急ブレーブスの大エース、山田久志投手が大好きだった。アンダースローで140kmを超える
 剛速球。えげつないシンカー。もう少し時代が後だったら、大リーグで何勝しただろうか?
 名古屋人の私はドラゴンズファンだったから、三沢淳という後に政治家?になったアンダースローが
 いたが、彼がポカスカホームランを打たれるのに、山田久志は三振の取れるアンダースローだった。
 アンダースローは、一時期高校野球では普通に見られた。低いところから出てくる球道は、打者の
 タイミングをはずしやすく、比較的エースが作りやすい。しかしその後の金属バットや筋トレの
 発達により、高校生でも140kmを超える上手投げ投手や、右投げ左打ちの強打者(左打者からは、
 アンダースローの球筋は見極めやすい。「水原勇気」のような左のアンダースローが現実に存在
 しないのは右打者の方が多いからである)が多くなったため、アンダースローは激減した。
 プロ野球界でも、山田の引退以来ほとんどアンダースローはいなくなった。
 もともと野球界には、本当のアンダースローは存在しない。
 本当のアンダースローは、ソフトボールの投法である。腕は体側に平行に移動し、手の平が完全に
 キャッチャーに向く(もちろん変化球の場合は最後にひねりが入る)。この投法は、確か野球規則
 では、違反になるはずだ。高校野球でソフトボール投法を武器にした投手がルール違反になった
 事があったと思う。
 野球で言うアンダースローは身体を出来るだけ傾けたサイドスローである。横手投げと言われる
 サイドスローは、球威を犠牲にすることなくコントロールが得やすく、現在でもプロ野球界には
 多く存在する。元巨人の斉藤はサイドスローの大エースだった。サイドより、少し身体を倒した
 微アンダースローもまだ多く、球威と切れでセットアッパー(中継ぎ)やクローザー(リリーフ)
 として、活躍している。元ヤクルトの現大リーガー、高津などが成功した例である。
 さらに身体を倒すと本格的アンダースローになる。こうなると、球は更に低いところから出て
 打者の所でホップするように見えるため、大変打ちにくくなる。しかし身体が真っ直ぐ立ち、
 足腰の移動の上に完全に乗っているサイドスローに比べると、球威は衰える。
 山田久志は元々サイドスローだったそうである。より打たれにくいフォームを追求した結果、
 かなり完璧にちかいアンダースローになったにも関わらず、球威は衰えなかった。
 信じられない低い地点から、140km/hの速球が飛んでくるのである。打てる訳がない。
 かれのこの投球を支えるのは、常人では考えられない足腰の強さである。1kgの物体を手の平に
 乗せることは、誰にでも出来る。これがオーバースローやサイドスローである。その物体の端を
 指だけで持ち上げる。そのまま水平に保つ。これがアンダースローだ。かなり腰に負担のかかる
 投法だ。山田の場合、サイドスローで得られる地肩の強さから来る球威が、なんと上体を倒しても
 まったく衰えない。山田はこの投球を引退するまで続け、故障がなかった。恐ろしい足腰である。
 一説によると、山田のような剛球アンダースローはもう現れないだろうと言われる。日本の生活
 様式が変化している(一例:和式トイレの絶滅)からだという。
 山田久志賛歌を続けすぎたが、渡辺俊介の投法は山田とは少し違う。彼の球速は120km/h
 そこそこしかない。プロ野球ではほとんど通用しない速さである。「頭で投げる大投手」
 ドラゴンズの山本でも、130km/hは出す。しかし、彼の投球フォームは一度見たら忘れられない
 ほど美しい。男の子なら、だれでもピッチャーの投球フォームの真似をしたことがあるだろう。
 オーバースロー、サイドスロー、アンダースロー。アンダースローは山田久志だったり、小林繁
 だったりしただろう。でも一番多かったのは「ドカベン」の里中満だったと思う。「小さな巨人」
 里中の投球フォームは、現実離れした美しさだった。どこまで球を低い位置から放せるか。それを
 追求したフォームだった。それほど低い地点から球を放っても、コントロールは難しく、球威も
 出ない。里中のフォームは「完成されたアンダースロー」ではあったが、実際にはそんな投手は
 いなかった。ところが、現実に里中以上のダイナミックなフォームで、キャッチャーミットに球を
 投げ込む投手が、彗星のように現れた。
 数年前日本のプロ野球もルール改正が行われ、大リーグ並に低めのストライクを取るようになった。
 渡辺のフォームから、ぎりぎりの低めに投げられれば、まず長打はでない。しかし、反対に
 コントロールを誤り、高めに球が浮けば、打ちごろのホームランボールである。
 現在の彼の投球フォームは、「いかに低い位置で球を放すか」というアンダースローの夢の完成型
 である。驚くほど広い歩幅で踏み出し、右膝は完全にマウンドに付いてしまう。身体は山田以上に
 倒され、伸ばされた腕の先、球を持つ手は地面から5cmとも10cmとも言われる地点を通過する。
 この低さは、誰も見たことのないものである。彼はこのフォームを完成させるまで、何度も
 手をすりむいたという。地面に当たってしまう危険のある低さなのである。
 理想のアンダースローが、昨年頃からついに威力を発揮しはじめた。残念ながら見なかったが、
 6月にテレビ番組で、渡辺俊介は山田久志と共演した。山田は渡辺のフォームを絶賛し、渡辺は
 出演中、なんとずっと山田の話すことをメモしていたという。(見たかったなあ)
 この出逢いが、さらに理想のアンダースローを完成させることを願う。アンダースロー投手の
 駆け引き、多彩な変化球。そんな事を山田から学ぶ事は多いだろう。
 120km/hの球速は、ホームランの恐怖との戦いだろう。しかし、渡辺俊介が絶対に長打を浴びない
 日がやって来るのは、近いのではないかと思う。美しい物は強いのである。
 パリーグは予告先発をしてくれるので、これからも出来るだけ、渡辺俊介の試合を見たい。
 一度球場で見たいものだと思う。テリー伊藤は「プロ野球選手は神々である。」と言ったが、
 渡辺俊介を拝みに行きたいものである。
 もう少しで真の完成である。是非大リーグに行って欲しい。「ミラクルサブマリン」いや、もう
 深海艇といっていい、美しいフォームをアメリカ人に見せて欲しい。NOMOのフォームを子供達が
 真似するように、いつか彼のフォームを真似する子供達が日本にもアメリカにも現れて欲しい。